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インカの道を辿って その1 砦と謎の儀式

セクシーウーマン

を、思いきり英語っぽく発音してみてほしい。

セクシーウーマン、
サァクスゥイウーマン、
サクスァイウァマン、
サクサイワマン。

というわけで、サクサイワマン砦を含めたインカの遺跡ツアーに参加したので、感想を記す。

(他の参加者が「セクシーウーマンじゃなくてサクサイワマンよ」と言っていたので、思わず紹介。)

**********

ペルー、クスコの周辺にはインカ帝国時代の遺跡がいくつも残っている。

私が参加したのはクスコ近郊の遺跡をバスでめぐる半日ツアー。
ガイドのおじさんがスペイン語と英語で説明してくれる。

その日訪れたサクサイワマン、ケンコー、タンボマチャイ、プカ・プカラの四つの遺跡のうち、印象に残ったのはやはり、サクサイワマン砦であった。
何と言ってもピサロ率いるスペイン軍がクスコ侵攻前に一夜を明かし、その後もインカの抵抗の重要な舞台となった場所なのだ。

黄緑色の草と青空が清々しい景色の中、とんでもなく大きな石が、パズルのピースのようにピッタリとはめ込まれ、三層の砦となっている。

「見てみろ、あそこにインカのオーナメントがあるぞ。ピューマの手だ」

ガイドに促されて視線を向けると、そこには確かに動物の手。

クスコ自体もピューマの形を模していると、市内の博物館で知った。
それほど神聖な動物とみなされていたようだ。

スペインによるインカ帝国征服は、強力な武器を持つ強者が西洋の驕りと欲望にまかせて、発展途上の帝国を破壊した行為だと思っていた。
が、おそろしいまでに計算されたインカの石組みを見ると、強弱や優劣の問題ではなく、全く異質な文化と文化のぶつかり合いであったと感じる。

インカの一分の隙もない石の配列は、500年後に生きる私たちにも、その文化がいかに高度であったかを十分に見せつけていた。

**********

夕方、最後の遺跡プカ・プカラをざっと見学し日が落ちてきた頃、

「希望者だけ残ってくれ」

とガイドが言う。

何が始まるのかよくわからないが、円陣を組んでまるで降霊術か何かのよう。
面白そうなので参加することにする。

隣の人と手を重ね、肩が触れ合うくらいに円陣を狭める。
花の匂いの香水を、ガイドが参加者の手に撒いていく。

目を閉じ、精神を集中し、悪い記憶を外に出し……

ガイドが香水の香りを嗅がせ、それを合図に目を開ける。

さて、次は左右の手の中心を20回ずつ押す。
そして大きな石をなでるように腕と手を動かし、ゆっくりと、その目に見えない石をだんだん小さくしていく。

左右の手が合わさったところで、儀式が終わった。

で、その後ガイドのおじさんに

「どうだ、手の中心が熱くなっただろう? それがフィジカルなエナジーだ」

と言われたのだが、私は石をなでるような手の動きが女体をまさぐる痴漢のそれのように思え、

痴漢だ痴漢、ペルーまで来て痴漢の真似事あっはっは

などと考えてちっとも精神を集中できず、手の中心は冷えきっており、フィジカルなエナジーを得ることはできなかった。

結局何だったんだ、このエナジー儀式。

**********

以上がシティーツアーの概要であるが、もう一つ、聖なる谷ツアーにも参加したので、そちらも紹介したい。

自称セクシーウーマンの旅は続く。

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(サクサイワマン砦;真ん中にピューマの手。別の場所にはリャマの形も作られている)

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# by red-travel | 2017-02-27 10:40 | 南米 | Trackback

二つのキリスト教への旅 その1 スペインからクスコへ

スペインで聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指し、カミーノ800kmの道を歩いたのは、宗教的な理由ではなかった。

しかし40日の間キリスト教文化に身を浸し、教会をめぐり、時々はミサに参加していると、スペインのカトリックというものが、自分の中に染み入ってきたのは確かだ。
信仰心は芽生えていないが、抵抗感は確実に減った。

そのスペイン・カトリックのもと行われたのが、ラテン・アメリカの征服だ。

**********

私はカミーノの後にラテン・アメリカを訪れるということを、単なる距離的な移動としかとらえていなかった。
しかしよくよく考えてみると、征服した側のキリスト教文化から、押し付けられた側のキリスト教文化へ移動してきたということになる。

スペインという、私が横断できる程の国土しか持たない国が、果てしなく広大なラテン・アメリカを征服し、その文化を、人々の生活を変えた。

思えばこの旅ではほとんど英語を使用してきたが、英語を公用語とする国はインドくらいしか訪れていない。
対して、アルゼンチンもチリもペルーも、全てスペイン語圏である。
それはそのまま、旧植民地の版図だ。

そうして「たまたま」旧宗主国と旧植民地のキリスト教に触れる機会を得たわけだが、

……じゃあ、スペインが何をもたらしたのか、とことん見てやろう。

アルマス広場に面したカテドラル、サン・ブラス教会、サン・クリストバル教会、ラ・メルセー修道院、サンタ・カタリナ修道院、宗教美術博物館。

ペルー、インカ帝国の中心地クスコで、教会や修道院をめぐった。

**********

どの教会も立派なものであったが、やはりカテドラルの荘厳さは際立っていた。

黒の床と柱、白いアーチが組み合わさった天井。
壁に飾られ、あるいは建物そのものに組み込まれた宗教画の大きさ、そして精緻さ。

偶像崇拝というものの、とんでもない迫力……。

スペインがインカを滅ぼし植え付けたもの、ぶつけたものは、想像以上に大きいのだと思わざるを得ない。

しかし、これはスペインで見たキリストやマリアとは、どこか違う。

何が違うのか。
どうして違うのか。

それを追ううちに、キリスト教の中に生きるアンデスの意思を知った。

(その2に続く)

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(クスコ、アルマス広場とカテドラル;「アルマス」とは「武器」という意味だ)

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# by red-travel | 2017-02-18 12:10 | アンデス地方(文化・歴史) | Trackback

旅人川柳

旅の間私は大変に忙しく、史跡をめぐり本を読み、ときには自分と世界の行く末に思いを馳せたりして、余計なことをしている暇など一切ない。

特に最近は、どうせ帰国したら面倒になって何もしないだろうと思い、なるべく旅の間の記録をまとめようとブログ更新に精を出している。

本日も宿に戻り洗濯を終え、インターネットにつないだところ、

……おお、サラリーマン川柳の季節となったようである。

そこで私も考えてみた。

***********

旅人川柳

券売所
「Are you a student ?」
舞い上がる
(アジア人は若く見えるためか、高確率でこう聞かれる。ウレシイ)

夜行バス
年々眠りが
浅くなる
(20代前半の頃は熟睡できたのに……)

「no job 」と
書きたくなくて
「between jobs」
(ビザ申請や宿の台帳など、職業記入欄でいつも葛藤)

一張羅
2か月洗わぬ
ジーパンが
(乾きにくい衣服は洗濯がつい面倒に。ごくたまにランドリーサービスを利用)

「Oops!」と
独り言まで
旅仕様
(外国人の会話を聞いていると影響される。さすがに「Fuck」は使わないけど)

穴があく
靴下、キャリア、
年金も
(まあ、いいさ)

***********

私の旅に残された時間は少ないのだ。
だから1分1秒を大事にしなきゃいけないのに、

こんなこと
ばかり考え
自己嫌悪。

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(ペルー、チンチェイロ遺跡;インカの歴史に思いをめぐらしているのだ、本当は……)

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# by red-travel | 2017-02-17 12:28 | 旅の日常 | Trackback

私の中の日本、私にとっての日本

ペルーの首都リマで、日秘文化会館を訪れた。
その建物の中には日本食のレストランや売店、日本語書籍の図書室などのほか、「日本人ペルー移住資料館」というミュージアムスペースもある。

詳細なパネル展示では、日本とペルーの外交のきっかけや日系人の行政機関への進出など、知らなかった日本・ペルーのつながりに驚かされた。
また、移住者の所持品の展示からは、遠く離れた地で試行錯誤する日本人の姿が目に浮かんだ。

南米の日系人といえば、ブラジルがまず頭に浮かぶが、ペルーにも大勢の日系人がいるのだ。

**********

旅する中で、日本にルーツを持つペルー人に、二人出会った。
どちらも同年代、少なくとも20代だと思う。

一人は、クスコで同じツアーに参加していた女の子。
スペイン語がわからない私を気遣い、英語で声をかけてくれた。
彼女の祖父が日本人ということだった。

もう一人はリマの博物館のスタッフの男の子。
「ぼくはニッケイです」と言い、カタコトの日本語をまじえながらインカの文化を説明してくれた。
彼は肌の色こそ茶色いものの、顔はたしかに日本人のものだった。

南米は日本人にとって、アジアやヨーロッパほど気軽に旅行できる土地ではない。
短期間に効率よくまわろうと思えば団体ツアーになるし、一人でのんびり来ようと思えば仕事を辞めなくてはならない場合が多い。

だからペルー人の彼らにとって、同年代の「リアルな日本人」と一対一で接する機会は、さほど多くないのではないか。
それもあって、積極的に話しかけてくれたのだと思う。

私にしても、異国の地で親しみを込めて接してもらい、彼らの厚意がとても嬉しかった。

**********

今私は、日本人であることに誇りを感じない。

日本は何かおかしい。

コンビニでの「ポイントカードはお持ちですか、失礼いたしました」という妙なやりとりも、国際大会のとき異様に高揚するナショナリズムも、学歴よりやる気といいながら有名大学出身者しか残らない就活も、全部だいっきらいだ。
日本は嘘と上っ面ばかりじゃないか。

それでも、ペルー人の彼らが自分の一部として、私の中の「日本」に親近感をもってくれたのだとするならば……

日本人である私が日本を否定しているのは申し訳なく、不誠実なように思えた。

私のルーツは日本だけなのに、そこから逃げたいと思っている。
なんだかとても悲しい。

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(リマ、ため息橋)

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# by red-travel | 2017-02-16 11:52 | 南米 | Trackback

旅の必需品・不要品 その2 やっぱり必要なもの

あたいにとって、やっぱりこれは必要だと感じるのは、情報と知識だった。

海外では常に新鮮な刺激が得られる。
しかし、知識がないと、見たもの・感じたものが素通りしてしまう。
意味を理解する前に、頭からすり抜けてしまうのだ。

そしてその知識を与えてくれるのが、本だ。

**********

旅の序盤、昨年の6月4日、中国の首都北京にある天安門広場を訪れた。
この日は天安門記念日である。

天安門エリアに入るにはセキュリティチェックがある。
これを通り、白い広場に入った。
人は多いものの、のんびりした雰囲気。
中国人のツアー客もいるし、写真を撮っている親子連れもいる。

中国に関しては、以下の二つの書籍が印象に残っている。
ユン・チアン『ワイルド・スワン』(講談社文庫)は、中国共産党というものが、国と人々をいかに翻弄したかが描かれているノンフィクション。
芥川賞を受賞した楊逸『時が滲む朝』(文春文庫)はフィクションであるが、その後の中国、天安門事件から北京オリンピックにいたるまでが描かれていた。

それらの内容を思い出しながら広場に立った。

文化大革命からちょうど50年、天安門広場がのどかな休日の場所となっていた。
拍子抜けしたと同時に、違和感も感じた。
たぶんこれらの本を読んでなかったら、「へー、人が多い広場だな」くらいにしか思っていなかっただろう。
何もないということへの違和感を、感じられなかったように思う。

現地で見たものの意味を教えてくれるのもまた、本だ。

インカの歴史はまさにそうであった。
偶然見つけた日本語書籍が、遺跡や出土品の背景を教えてくれ、自分の目で見た風景と歴史をつなげてくれたのだった。

**********

旅の間は読み終わった本を持ち歩くわけにはいかない。
そこで、本を手放す前に情報を整理し、手帳にメモする習慣がついた。

自分の手を動かすと、記憶に残りやすい。
振り返って確認することもできるので、このブログで考えをまとめるのにも役立っている。

情報と知識を与え、旅を助けてくれる。
あたいにとって本は、なくてはならないパートナーだ。

ただ、本が先入観を与えるというのも事実。
人との会話や直感も大事にしないといけないな、とときどき反省する次第。

**********

準備不足で後悔しているのは、新聞だ。

無料で見られるネットのニュースを開くと、つい

「女として見られない女子の5つの特徴」

のような記事ばかり怖いもの見たさに見てしまって、
……案の定ほぼ当てはまっていて落ち込む。

国際ニュースや日本の動向を毎日チェックするつもりが、なあなあになってしまっている。
金を出して契約し、自分にハッパをかければよかった。

***********

趣味嗜好はそれぞれだから、「必要なもの」は人によって違うだろう。
音楽だったり洋服だったり、仲間や異性という人もいるかもしれない。

しかし持ち物を厳選しなくてはならない状況だからこそ、自分にとって何が必要か、「やはり」であるか「意外と」であるかはわからないが、発見があることと思う。

そして真面目な話が台無しになるとわかったので、以後襟を正して「私」に戻すことにする。


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(これも必需品、日記兼出納帳。今は6冊目を使用中)

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# by red-travel | 2017-02-15 06:59 | 旅の日常 | Trackback