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電車トラブル随想 その1 「オバサン」と「ファイト」

昨日昼すぎ、都内の美術展を鑑賞した帰り、メトロの駅で電車を待っていたときのこと。

前に立っていた男が振り返っていきなり、

「なんやねん、オバサン!」

と私に怒鳴った。

30代か40代の、ギョロ目の男。
どこにでもいそうなサラリーマン風であった。

ひょっとすると、他の人とぶつかったのを私だと思ったのかもしれないが、身に覚えのない突然の罵倒にただただ驚くばかり。
結局私はキョトン、と相手を見返し、混乱したまま、お互い無言で電車に乗り込んだ。

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込み上げてくるのは腹立ちではなく、悲しさと疲れである。

忘れようとしても脳内で再現してしまう。
「なんやねん」と「オバサン」の間に私の顔を見、そこにちょっと間があったことから、自分より若い女と知って少し葛藤し、その上でわざわざ「オバサン」を選択して、私を罵ろうと意図していたのだと想像できる。

ああもう、いやになる。

外国にいると言葉が理解できなくてつらいという人もいるが、世界一周でそれに慣れた今、むしろ、100パーセント理解できてしまう日本語環境のほうがしんどい。
わかりたくもない言葉があふれているからだ。

しかもせっかく世界一周をして、レベルは低いが咄嗟に英語が出るようになったのだから、

「What ? アイ・キャント・アンダスタンド・ジャパニーズ」

とでも言って外国人のふりをし、肩すかしをくらわせてやればよかったものを、あまりの不意打ちに驚くあまり、泣き寝入りしてしまったのがくやしい。

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夜、NHKの歌番組で、久々に中島みゆきの曲を聴いた。

「ファイト!」という曲には、駅の階段で子供が女に突き落とされるのを目撃した、そんな場面が含まれている。歌詞はこう続く。

《私驚いてしまって
助けもせず叫びもしなかった
ただ恐くて逃げました
私の敵は 私です》

曲を聴いて、同じようなことがあったのをふいに思い出した。
もう10年以上も前、高校生の頃である。

学校から帰る電車の中でそれは起きた。
私のすぐそばに立っていた、学ランを着た中学生の男の子が、中年男性からインネンをつけられ、胸ぐらをつかまれた。
謝れと言われた中学生は「ごめんなさい」と言い、しかしそれでも男は手を離さなかった。

数分が経ち、中学生がカバンから携帯電話を取り出すと、通報されると思ったのか、男は手を離して電車から降りた。

その間、私は何かしなくてはと思いつつ、時間ばかりがすぎていった。
そしてよりショックだったのは、「誰かなんとかして」と周りを見渡したとき、乗客が皆目をふせていたことだ。
体力では優位に立てそうなサラリーマンも、何もしなかった。
目の前で子どもが脅されているのに……。

たしかに日本人は勤勉でルールをよく守る。
しかし一方、ルールブックに書いてあること以外の行動はしないのではないか。
私は昔も今も、正義感に溢れている人間というわけではないが、あの電車内での自分と周りの「見て見ぬフリ」は、恥ずべき利己主義であって、共犯だと思う。

次にこんな場面に出くわしたら、私は何か声をあげる。
大人になった私なら、それができるはずだ。

そう思ったのを鮮明に覚えている。

しかし当時の自分が、今の私を見たらがっかりするだろう。

数年前、家の近くでひったくり未遂にあったときには、呆然として立ちすくむだけだった。
セクハラのときも声をあげられなかった。
今回もただ罵声に身をすくませるだけ。

大人になっても、他人どころか、自分の尊厳すら守れない。

《私の敵は 私です》

by red-travel | 2017-06-23 17:45 | 旅、その後
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