昨日昼すぎ、都内の美術展を鑑賞した帰り、メトロの駅で電車を待っていたときのこと。 前に立っていた男が振り返っていきなり、 「なんやねん、オバサン!」 と私に怒鳴った。 30代か40代の、ギョロ目の男。 どこにでもいそうなサラリーマン風であった。 ひょっとすると、他の人とぶつかったのを私だと思ったのかもしれないが、身に覚えのない突然の罵倒にただただ驚くばかり。 結局私はキョトン、と相手を見返し、混乱したまま、お互い無言で電車に乗り込んだ。 *********** 込み上げてくるのは腹立ちではなく、悲しさと疲れである。 忘れようとしても脳内で再現してしまう。 「なんやねん」と「オバサン」の間に私の顔を見、そこにちょっと間があったことから、自分より若い女と知って少し葛藤し、その上でわざわざ「オバサン」を選択して、私を罵ろうと意図していたのだと想像できる。 ああもう、いやになる。 外国にいると言葉が理解できなくてつらいという人もいるが、世界一周でそれに慣れた今、むしろ、100パーセント理解できてしまう日本語環境のほうがしんどい。 わかりたくもない言葉があふれているからだ。 しかもせっかく世界一周をして、レベルは低いが咄嗟に英語が出るようになったのだから、 「What ? アイ・キャント・アンダスタンド・ジャパニーズ」 とでも言って外国人のふりをし、肩すかしをくらわせてやればよかったものを、あまりの不意打ちに驚くあまり、泣き寝入りしてしまったのがくやしい。 ********** 夜、NHKの歌番組で、久々に中島みゆきの曲を聴いた。 「ファイト!」という曲には、駅の階段で子供が女に突き落とされるのを目撃した、そんな場面が含まれている。歌詞はこう続く。 《私驚いてしまって 助けもせず叫びもしなかった ただ恐くて逃げました 私の敵は 私です》 曲を聴いて、同じようなことがあったのをふいに思い出した。 もう10年以上も前、高校生の頃である。 学校から帰る電車の中でそれは起きた。 私のすぐそばに立っていた、学ランを着た中学生の男の子が、中年男性からインネンをつけられ、胸ぐらをつかまれた。 謝れと言われた中学生は「ごめんなさい」と言い、しかしそれでも男は手を離さなかった。 数分が経ち、中学生がカバンから携帯電話を取り出すと、通報されると思ったのか、男は手を離して電車から降りた。 その間、私は何かしなくてはと思いつつ、時間ばかりがすぎていった。 そしてよりショックだったのは、「誰かなんとかして」と周りを見渡したとき、乗客が皆目をふせていたことだ。 体力では優位に立てそうなサラリーマンも、何もしなかった。 目の前で子どもが脅されているのに……。 たしかに日本人は勤勉でルールをよく守る。 しかし一方、ルールブックに書いてあること以外の行動はしないのではないか。 私は昔も今も、正義感に溢れている人間というわけではないが、あの電車内での自分と周りの「見て見ぬフリ」は、恥ずべき利己主義であって、共犯だと思う。 次にこんな場面に出くわしたら、私は何か声をあげる。 大人になった私なら、それができるはずだ。 そう思ったのを鮮明に覚えている。 しかし当時の自分が、今の私を見たらがっかりするだろう。 数年前、家の近くでひったくり未遂にあったときには、呆然として立ちすくむだけだった。 セクハラのときも声をあげられなかった。 今回もただ罵声に身をすくませるだけ。 大人になっても、他人どころか、自分の尊厳すら守れない。 《私の敵は 私です》
by red-travel
| 2017-06-23 17:45
| 旅、その後
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